千紫万紅、柳緑花紅

   三の章  春待ち雀 A  (お侍 extra)
 



     
帰途にて



 現在の虹雅渓の治安を保守する警邏隊には、あの頃の綾磨呂の手飼いだった“かむろ衆”からそのまま加わったという顔触れも少なくはないらしく。それまでと同じ立場ではない、むしろ何の権限もなくなった上での活動となっただけに、高圧的な態度への風当たりの強さは半端じゃあなかったろうに。それでもと頑張って勤め上げて今へと至る、そりゃあ頼もしい面々ばかりだそうで。それもまた、そんな者らがそうまでして慕った、兵庫の人徳の賜物と言えるだろう。
「お主らのことへの箝口令というのは。わざわざしいていないが。」
 あの数年前の、世間を引っ繰り返した大惨事、新しい天主や大差配らの“都”ごとの謀殺事件に関しては、当時の最も有力だった“野伏せりの逆襲&相討ち”説で、一応の決着もついていたし、かむろ衆の中には彼ら一党を直接追った面子も居ようが、
「侍狩りで追い回した素浪人連中というだけの覚えしかないだろうからの。」
 そんな輩は、島田勘兵衛率いる一党の他にも たんといた。また、その首魁殿は、のちに御勅使殺しと見なされ、先の天主へ刃傷に及んだ罪と併せて“獄門”とされかかってもいたが、それへも公然と“恩赦”が出た身であり。理責めで来られても、何とでも躱す用意はあったのだけれども。結果として、どこの機関からも組織からも、追っ手はかからず訴追もされずで。
「…。」
 何か言いたげに、そのお顔を上げてこちらを見やった久蔵へ、
「勘違いをするなよ? 俺は何にも手を延べちゃあいない。」
 むしろ、どっかの誰ぞが“絶対に犯人を捕まえねば”などと言い出しゃしねぇかと期待してたくらいだなんて。そんな運びにならなんだ結果の今だからこそ言える、アクの強い毒を吐く兵庫であり。そんな風に酷薄で荒っぽい態度を装っても、彼にはそれが限界。口ではそんな言いようをしながら、なのに、久蔵が無事でいることへ、こうやって訪ねてくれたことへ、安堵の表情を隠さない。皮肉屋だが、物事の本質を歪めたりはしない。だからこそ、人も彼の背に集まるのだろうなと、久蔵もしみじみと思う。

  「…。」

 どこやらから聞こえて来たのは、夕刻の鐘の音だ。おおよその勤めの終業を告げ、子供は帰宅せよと告げる、いかにも治安の行き届いた街に相応しい、定時を知らせる音色であり。それを耳にした久蔵が、窓から射し入る春の暮色に縁取られた横顔を朋友へと向け、
「帰る。」
 短く告げた。
「おいおい、何だよ。ゆっくりして行けよ。」
 まだ大した話もしちゃあいない。他の面子の中、お前とは結構懇意にしていた奴の中には、逢いたがってたのもいるってのにと。不意を衝かれたからこその本音がついつい出てしまった兵庫へと。はんなり微笑って、ただの一言。

  「…待っているから。」

 誰が、とは言わぬながら、鋭い目許を薄く細めて。それは柔らかな表情のその奥から滲み出すのは、言葉にならぬ至福の甘さ。かつては、人へ仕える身でありながらも絶対の孤高にあった、誰とも相容れられぬ冷然さを保っていた青年だったものが。
“なんて顔、しやがるかねぇ。”
 油断なく鋭い、切りつけるような冷たい気魄か、若しくは…その大半の時をそれで塗り潰していた、ただただ淡々とした無関心か。そんな顔しか見たことがなく、記憶にもない兵庫にとって。こうまで繊細な甘い笑み、この男と同座させる日が来ようとはと、そっちの方が意外や意外。そして、
“…そうまで。”
 影響感化を受けたか、と。その変わりようへ ともすれば呆れそうになるものの、その向こう、胸底から浮かび上がって来ようとしてやまない想いは、こちらもやはり、どこか甘い感情の齎す擽ったさで。
“平和ぼけ、かねぇ。”
 俺もまた腑抜けになったものよと自嘲しつつ、席から立ち上がった朋友を門まで送ろうとその後へと続く。
「静かだな。」
 結構な規模のそれだというに、官舎内にざわめきや何やの物音がないことへ、今更ながらの感慨を零した久蔵へ、
「今は皆、警邏に出払っておるのよ。」
 そろそろ交替の時刻だし、上の階層の出張所からの申し送りも届くから、雑然とにぎやかになると、応じた兵庫本人が、
「…?」
 廊下の途中で足を止め、顔だけを傍らの曲がり角の方へと向ければ。あわわ、ばたばた…っと、大慌てで身を隠す気配が幾たりか。そんな気配は、表までのこの大廊下のあちこちにも、隈なくという密度で潜んでおり。
“こいつら…。”
 もしやしなくとも、久蔵の姿を一目見ようという面々が、そこここに隠れているに違いなく。久蔵が先に訊いた“静かだな”という一言も、これに気づいていての揶揄であったのかもしれないと、今やっと そうと気づいた兵庫としては、
「…すまぬな。」
 別に彼の非ではないながら、それでも部下らの非礼を謝るしかなかったりする。きっとあの、久蔵との最初の応対をした門番の衛士と下士官とが、他の面々へと広めてしまったに違いない。名前だけが一人歩きをしていた兵庫の旧友、珍しい客人が来ていると。規律も厳しき組織であり、それでなくとも…肩身の狭いばかりだった、あの大変な時期を乗り越えた、創設以来の面々ばかり。物見高い者はそうそう居なかったはずだがと、肩を落とした兵庫へと、
「構わん。」
 久蔵も口の端で微笑って見せて、足は止めずに歩み続ける。奮戦した最初の2年を過ぎたころ、ようやっとあの綾磨呂が復権を見た。他の組主らもこの街の新しい差配の座を巡って台頭し合っていたものの、街の治安風紀の維持に貢献した警邏隊が一も二もなく元の差配の膝下へと収まったことで、その信頼を確固たるものとして世間へも印象づけた格好になり。それと同時、まだどこかで“権限”というものを正式には得ていなかった警邏隊へも、新しい差配からの任命という形で行使力にやっとの核が備わり、今や泣く子も黙る公的機関としての地位を確立してもいる彼らだという。
“…。”
 思えば、昔こそ“権力者の子飼い”という印象が強く、鼻持ちならない連中であったのかも知れず。この兵庫の、実は頑迷なほどの実直さが街の衆からの信頼を築いた訳で。久蔵がどうしても相容れられぬと思っていたことの中、威勢者へのおもねり…という部分は、もしやして早合点であったのかも知れぬと、今になって気がついていたりする。
“生きていてくれて、良かった。”
 選りにも選って、撫で斬った本人が言うことではないかもしれないが、それでも。こうやってまた逢えたこと、胸のどこかに暖かいものが灯る想いで噛みしめる、金髪痩躯の双刀使い殿であったりするのだ。

  「…そういえば。」

 官舎を出、さすがにこうまで見通しのいい前庭には潜みようがないからか、誰もいないのを確かめてから、兵庫が今更ながらに訊いたのが、
「お前、あの刀はどうした。」
 辺境のあちこちから届く、州廻りの官吏や運輸関係の定期連絡の中、様々なトピックスも盛り込まれている出来事閑話のその中で、彼らの活躍ぶりも大いに取り上げられており。賞金稼ぎを公認するのも何だと、さすがにどこの誰という名指しな報は少ないものの、落ち着いた年頃の壮年と、背に負った双刀を操る金髪痩躯の青年という描写から、彼らのことだということが、判る者にはすぐ判る。その特徴であるあの刀は、だが、今の彼の背中にはない。だからこそ、門衛らも彼を誰と測り損ねたのかも知れず、
「腕はもう良いのだろうが。」
「ああ。」
 振るっていればこそ、だからこその報告書や読み物への描写だろうし、他の地域でどうかは知らぬが、この虹雅渓では侍の帯刀を禁じてまではいない。よって、持っていては不審者として咎められるからだとも思えない。では何故と、怪訝そうに首を傾げる兵庫へ、

  「この街では要らぬと思った。」
  「………おや。」

 黄昏間近い街を満たすは、金の色を溶かし込んだ、春の暖かな西日であり。それが輪郭を透かしている、やはり金色のその髪が、柔らかな風にあおられてふわりと揺れる。見かけは何とも麗しいが、刀を握らせれば死神とまで言われた男が。自己の矜持のみに生き、誰とも相容れることはなく、無慈悲で冷たいばかりだったこの彼が。その身に武装を帯びてはおらぬばかりか、そんなことまで口にするとは、

 “槍でも降ってこねぇだろうな。”

 警邏隊の力量を信奉していればこそのお言いようだろうが、兵庫が結構本気でそんなことを案じたとしても無理はなかろう。そして、槍こそ降っては来なかったが、

 「…お。」

 大門の向こう、最初にこの彼が立っていることを見咎められたと同じ、川べりの柳の根方に。やはり佇む人影があり。褪めた色合いをし、くたびれ切った白の装束。だんだらと伸ばした深色の蓬髪にも重々覚えのある兵庫が、ちょいと眉山を片方だけ上げたのと同時に、
「島田。」
 すぐ傍らから足を速め、相手へと歩み寄る気配へハッとする。まるで鳥の羽ばたきを思わせる気配の移動。この彼が自分から誰かへと駆け寄る様なぞ、そんな背中なぞ、自分はついぞ見たことがないと。それへと眸を見張ったものの、
“…いや。あるにはあったか。”
 自分の傍らからこの男へと駆け寄ることとなったは二度目。そんな事実にも気がついて、何とも言えぬ苦笑が洩れる。斬り払うためにではない思い入れから、何かを誰かを欲して見せる彼となろうとは、しかもその対象があやつとはと。今でも“意外な展開にも程があろう”と思えてならない兵庫だったが、その反面、それだけの存在であろうという認可を既に心においてもいる対象だったりし。
“島田勘兵衛、か。”
 数年前とさして変わらぬ風貌に、だが、彼へもまた安定が訪れたか、それは穏やかな重厚さが加わったように感じられ。何より、すぐ傍らまでを速足で歩み寄った連れへと向けた眼差しの、なんと包容力に満ちていることか。その懐ろに戻って当然というような、傲慢さも威容もなく。ただ“お帰り”と迎え入れる暖かさのみが、柔らかくも頼もしい。
「…子供ではない。」
 迎えなど要らないとでも言いたそうな口ぶりの久蔵の声がこちらへも届いたものの、ならばどうして、その双手が…相手の衣紋の袖を掴みしめているのやら。
「なに、儂もそこいらを歩いてみたくなっての。」
 七郎次が供をするというのを振り切って来たと、破顔した彼のその視線がこちらを向き、門の傍らに佇む兵庫へと、かすかだがしっかとした目礼を寄越す。今更型通りの挨拶だなんて、こっちも願い下げだったし、それは向こうも同じだろうて。同じような目礼を返せば、傍らから振り返った久蔵が、その相方の表情に重ねるような小さな笑みを見せたので。それへは何だかムッとして、大人げなくも鼻先にてふんと息をついての返礼とし、踵を返す隊長殿。この日をもって、久蔵殿の噂や評から“クマ殺しの”というややこしい肩書きが取り払われることとなる…のは、はっきり言って余談であったが。
(苦笑) その代わり、またお越しにならぬものかと、以前よりも皆の口へ上る頻度が高まったのもまた、揺るがし難い事実であったそうな。





 黄昏間近い街は、ほとんど元通りの活気を取り戻しており。旅の途中の装束の者の姿が多いのも相変わらずならば、腰に刀を帯びた浪人が珍しくはないのもこの街ならでは。裕福な者の住まいが集中する上層部へは、それなりの検問があるのでほいほいと不審者は入れぬが、それ以外の居住区では警邏隊の職質がある程度。よほど目につく騒ぎを起こしでもしない限り、武装ごときでしょっぴかれる土地ではない。砂漠と荒野の真ん中に生まれ、人や物の流通を糧に、いくらでも発展してゆく過渡の街。人の強かさという活気に満ちた、雑多な空気に満ちた街。そして、

  「…。」

 彼らが並んで歩くのは珍しく、大概は久蔵が心持ち…体の厚み分ほど遅れるような格好にて、勘兵衛の後をついてゆく。何も彼らの間に主従関係がある訳ではなく、ただ単にそうでいた方が背後への注意を払いやすく、久蔵が落ち着くからに他ならず。用があれば前をゆく相手の袖を引けばいいのだし、何かに気を取られてしまい、無言のまま立ち止まったとしても、少しほど行き過ぎてからながら、ちゃんと気がついて戻って来てくれる勘兵衛なので大丈夫。
「…。」
 少々雑多な下町の雑踏は、家路を急ぐ者や宿や食い物屋を求める人々で混み始めていたものの、二人の間合いはやはり変わらず。辺りに見回すほど関心を引くものがない久蔵は、自然とその視線を、少し先を行く連れの方へばかり向けており。こうやって気配を立たせずにいる時は、不思議なほどに目立たぬ男で。蓬髪が下りた精悍な肩や背中も、油断をするとあっさりと人の波間へ没してしまう。
「…。」
 無造作に降ろされた腕。その袖口から覗く手には、紺紫の刺青があって。寒い時節は仕方がないが、それ以外は手ぶくろをしなくなった彼であり。今のところは唯一の、久蔵がそれはしつこく嫌がった結果の変化である。刀捌きには長けてもいるが、それ意外ではただ武骨で不器用なばかりな手でもあり。この頃では久蔵の方が、宿帳への記名も魚の食べ方も上手だったりするのだが。別なことへは案外と、器用であるし饒舌でもあり、

  「…。////////

 これこれ。今 何を思い出しましたか、奥方。
(笑) 大きくて暖かく、大好きな手を腐したことへと、ちょこっと悔やみでもしたものか。他にも良いところはないかとまじまじ見やったその手へと刻まれしは、六花という六弁花の刺青。かつて軍人であった頃、彼が率いた部隊の者らとともに、お揃いで彫ったものだそうで。手をつなげば花の輪になる、それを欠けさせることのないよう、皆して無事に帰還せよとの誓いとして彫ったのに、戦さが終われば部隊の人間は皆して死に攫われてしまい、彼一人だけが生き残った。他の仲間がいた証しを始終目にすることが彼には重かったのか、それとも…唯一その生死がはっきりしなかった、彼が最も信頼した副官が、万が一にも生きていたなら、その後生に障りがあるとでも思ったか。
「…水臭い。」
「? 何がだ?」
 ふと、零した呟きは、拾われるとは思わなかったそれだったので。返事があったのへこそ、おやと意外そうな顔になって視線を上げた久蔵が、先を行く勘兵衛の姿の向こうに見つけたのが、

  「…此処。」
  「ああ。覚えていやったか。」

 当たり前だと言い返すこともないままに、遅れの数歩を詰めるようにして進むと、勘兵衛の傍らに並び立つ。結構な高さのある、細かい段差の石段が3つほど続く道。下層部との行き来に使われており、途中の踊り場のような切り返しの広場には、浪板スレートの屋根がついた資材置き場が設けられ、長い長い鉄パイプや鋼材がどっさり立て掛けられてあるところまでが“あの時”と同じ。
「この先に正宗殿の家があったのだがな。」
 一時期 匿ってもらった工房も、今はもう少し上層部の広いところへ転居をし、体の大きく不器用な機巧の弟子を従えて、やはり今でも、刀研ぎやら鍛冶修理、機械いじりに精を出していなさるご老体。そして、この場所こそは、

  「…お主、侍か?」

 あの時の、勘兵衛が寄越した第一声を。やや単調な声で呟いた白い横顔が、下の広場から視線を離さない。まるであの時と同様に、今にもそこへ颯爽と飛び降りてゆきそうな気がして、
「これ。幻でも見えるのか?」
 その身の前へ、思わずのこと、腕を伸べての制止の構えを取りながら。自分でも愚行としか思えないそんな対処を誤魔化し半分、他愛のないことを訊いてみれば、
「ああ。」
 短い即答が返って来て。
「大うつけがとんでもない賭けに出んとしている、その姿が見える。」
「ほほぉ。」
 綾磨呂手飼いの、結構 手練れが揃っていたゴロツキたちを、片っ端から伸したという、今時には珍しい“強い侍”の話に興味を惹かれ。わざわざ此処まで運んだあの日こそ、彼らの人生が咬み合った、その切っ掛けとなる邂逅を齎した日でもあり。まま、だからといって“二人の記念日”にするつもりはなかったし、第一、何月何日だったかも覚えてはいない。キララや利吉、勝四郎辺りに訊けば覚えているかもしれないが、そこまでして知りたいとも思わない。
「…。」
 動かぬ久蔵に安心したか、人目がないのを幸い、そのまま…背後から緩く抱き締める格好に落ち着いた勘兵衛の、その腕の輪の中に大人しく収まって。充実した胸元へとこちらからも凭れ掛かり、
「俺が、はぐれたら。」
「んん?」
 相変わらずの単調な声。ちゃんと意識して聞いていなけりゃ、風に撒かれて呑まれそうな声。勘兵衛の眸の先、すぐの眼下で、金の綿毛がふわりと揺れて。

  「…やっぱり、探してくれるのか?」

 島田勘兵衛という名は、それとなく調べた当時のこの街の人別帳にはなかったから、在所を決めぬまま、あちこち放浪していたに違いなく。だっていうのに、この虹雅渓の街には詳しい方で。後で訊いたら、数年ほど住んでいたという。大戦が終わったのがあの当時の10年前。それから何年も、大陸中のあちこちをさまよっていた彼が、そんな流浪を辞めてこの街に留まった理由は、きっとたったの一つだけ。雪乃にカプセルごと拾われ、蛍屋にて幇間としてよすがを過ごしていた七郎次がいた、ただそれだけだろうと思うから。
「探したくせに、逢いには行かなんだ。」
「それが“水臭い”か?」
 さっきの呟き。やっとのことで答えを出され、男の口許がやわらかくほどけた。やっぱりと言ったからには、七郎次のことをなぞっての言葉であり、彼を探したように自分を探すかと、言葉少なに問うている久蔵であるらしく。
「お主は探してはくれぬのか?」
 盛り場の姐様よろしく、はぐらかすような返答をしたところが、
「いい年をしてはぐれるような奴、何で探さねばならぬ。」
 とっとと先を急ぐだけだと、つれない言いようを連ねた久蔵だったが、ふと、

  「…っ。」

 細い顎を上げて顔を上げた。何に気づいたかとその視線を追えば、
「…花びら、桜か?」
 黄昏の風に乗り、さあっと彼らの視野を横切った細かい何か。はらはらと震えながら舞う姿に、つい、それと一番似ているものを口にした勘兵衛だったが、

  「…いや。紙だ。」

 眸の利く久蔵が先に気づいたそのまま、そこへも先に気がついて訂正してやる。よくよく見ると、確かにそれは細かく紙を切ったもの。大きさが揃っているからには、ただのゴミではなく、わざわざ切って用意された紙吹雪のようであり、どこか近場で宣伝の集いだか催しだかでもあったのか。
「そうだの。桜の季節はとうに過ぎた。」
 今年の桜は、久方ぶりに足を運んだ神無村で堪能したばかり。あの村よりも南に位置する此処では、もっと早くに散っているはず。
「…。」
 作り物の花吹雪を見送って。今少し、陽が傾けば寒さが忍び寄る頃合い。細い肩をふるるとすくめる連れに気づいて、
「はぐれぬように、手でもつなぐか?」
 腕の中の温もりへと囁けば、
「………馬鹿者。」
 やはり冷然とした、素っ気ない応じが返って来たものの、
「…。」
 その胸の前へと軽く重ねて交差されている男の前腕、下から掻い込むようにして。両の腕にて大切そうに抱え込む久蔵であり。


  「誓約はまだ果たされてはおらぬから。」
  「んん?」
  「俺がその気になったおり、その腕のほど、落としておるでないぞ。」
  「ああ。判っておる。」


 やさしい黄昏色に染まる街の風景を眺めながら。他愛ない呟きが独り言にならない“二人”でいることの倖い、しみじみと噛みしめる彼らだったりするのである。





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  *何だかとっても久し振りの感がありますが。
   果たしてちゃんと“勘久もの”になっておりますでしょうか?
(苦笑)

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